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そろそろ悟れそうな気がする

そろそろです。お見逃しなく。

RadioHeadレディオヘッド アルバム考 その4 キッドA Kid A

今回はキッドA。リリースは2000年。前作から3年。

 

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最初にこのアルバムを聴いた時のズッコケ感はハンパなかった。

「ギターどこ行った?メンバー替わったのか?」

OKコンピュータの続編を期待していたのだから当然そうなる。

もちろん全部とは言わないが、イギリスのミュージシャンには伝統的に、聴き手の期待を裏切ることに喜びを見出す連中が少なくない。ビートルズツェッペリンもそうだったし、ヘビーメタルの帝王アイアンメイデンでさえ、途中で音を変えてファンからずいぶん叩かれた(ヘビメタは超保守的な世界だからね)。アルバムごとにジャンルからがらりと変えてしまうデビッドボウイのようなカメレオンアーティストもいる。

なにしろマンネリが嫌なんだろう。そもそも親の期待に応えていたら、彼らがミュージシャンとして身を立てることもなかったわけだ。

歳をとれば人は変わる。表現の仕方も、表現の中身も変わってくる。自己を分析し、人間や人生をテーマに曲を作るなら、刻々とそれが変化するのはむしろ当然で、同じものを期待するのはファンの側の停滞、それを供給するミュージシャンの曲はプロダクトでしかない。

エレクトロニックサウンドへの傾倒は、ベンズの頃から徐々に兆しを見せていた。はじめトムヨークがトランスやレイヴにハマったらしい。

私自身、当時はもっぱらテクノを聴くようになっていて、期待を裏切られたからというより、テクノではないという理由で、このアルバム以降しばらくレディオヘッドをおろそかにするようになった。

余談その1。バンドが日の目を見る前、トムはクラブDJをやっていたこともあるらしい。

余談その2。その後レイヴはカラフル馬鹿の集まりみたいになってしまったが、日本においても、初期の頃は本当に面白かった。遊び疲れた後に迎える夜明けは格別だった。

六本木にスピークイージーというクラブがあって、  フロアが二つに別れていて、ダンスフロアで恍惚となっては、最地下のチルアウトスペースで自分を取り戻す、という作業を夜っぴて繰り返していたのをふと思い出してニヤニヤしてしまう。 

それから数年経って、テクノの熱が一段落し、  テクノの要素のない音楽にあまり魅力を感じなくなっていたが、そういうタイミングで、改めてこのキッドAをひっぱり出して聴いてみて、とんでもない名作だったことに随分遅ればせに気づいたのである。

全編素晴らしいが、特に後半は神々しささえ覚える。

3曲目の『The National Anthem』が私にとっては鬼門で、人気があり良い曲なのだが、このアルバムの中ではなかなか厄介な存在で、禅的な集中をかなり削がれる。

で、4曲目と5曲目が完全なチルアウト、そこから6曲目、『Optimistic』のイントロ~狂騒の夜をこえて迎える朝を思わせる~が始まる。

プリミティブなドラミングが前を向け、歩け、と背中を押す。

格段に包容力を増したトムの歌唱。

精一杯やったんなら

全部出し切ったんなら

それで十分だ

一歩一歩階段を登るように音色を上げていくギターのアルペジオが印象的だ。

メンバーが発するすべての音が一体となって壮大な世界観を描き出す。


Radiohead - Optimistic - Live From The Basement [HD]

 

続く「in limbo」は死後の世界を思わせる幽遠なナンバー。

まとわりつくようなサウンド。遅れてくるギター。

ほんの数年前「俺は気持ち悪い~」なんて歌っていたトムが、ショットガンみたいな爆音を掻き鳴らしてバンドが、生死の狭間をたゆたうような幻想的な曲を奏でていることに驚かされる。 


Radiohead - In Limbo - Sub Español

 

続く8曲目『idioteque』は、このアルバムだけでなく、おそらくレディオヘッドのすべての楽曲の中でもハイライトと言える存在だろう。

人が奏でる音。機械が発する音。そしてトムの歌声。

無駄を削ぎ、最低限の音で、無限の世界を描出している。

能ある鷹は爪を隠すというか、ずいぶん捨てたもんだな~と感心するのである。

 

radiohead idioteque

 

ただのバンドじゃない。ビートルズがそうだったように、才能に恵まれていたのはもちろんだが、物質世界に飽き足らず、精神世界の扉を開き、それを表現するという苦難の道を歩き出したことで、レディオヘッドというバンドは、才能を昇華させ、唯一無二の存在になり得たのだと思う。 

このアルバムは今後も当分聴き続けるだろう。もったいないのでまとめて聴いたりはしない。年に2度か3度、ここぞの場面で。