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そろそろ悟れそうな気がする

そろそろです。お見逃しなく。

RadioHeadレディオヘッド アルバム考 その3 OKコンピューターOKComputar

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このアルバムはいろんな意味でモンスターである。 

まず売れ方。全世界で 850万枚。いまだに売れ続けている。

リリースは97年5月。その前からまわりで話題になっていて、すぐに買って聴いたのを覚えている。

このアルバムがモンスターである理由その2。アルバムを通して、曲が掻き立てる感情の量が尋常じゃない。心に波風が立ちまくる。そのほとんどは絶望的に暗く、儚く、美しい。

当時は、どうしても途中でしんどくなって、全曲通して聴くことができなかった。今にして思うに、私もまだ若く、ポーズは別として、絶望とは縁のない軽やかな輩だったから、心にあふれる得体の知れない感情に、どう対処していいかわからなかったのだろう。

私の事ばかり書いて恐縮だが(ブログだからそれでいいのか)、当時は、週末は狩猟採集、平日は農耕牧畜と解りやすく(にくい?)スケジューリングしていたので、毎日が非常に忙しく、さらに基本アッパーだったので、レディオヘッドが抱える深刻な問題に、親身に耳を傾けてやることができなかった。楽には聴けなかったのである。

ただ、日曜の夜だけは、ぽっかりと予定が空くことが多く、そうなるよう仕向けていたのかもしれないが、誰とも会わず、電話もミュートして、本を読んだり、ライターもしていたので原稿を書いたり、部屋にこもって地味に過ごすのがパターンになっていた。

その流れでこのアルバムも聴いていた。翌日からの仕事の憂鬱も手伝って、どよーんと落ちるのだが、それが決して不快ではない。一切皆苦、人生は苦なりと、身もふたもないことをお釈迦さんも仰っているが、イケイケの生活がいつまでも続くはずがないと自分でも分かっていたし、あるいはそっち(日曜の夜の憂鬱)の方が、本来の自分にふさわしかったということかもしれない。

それでも私の場合、何事もなかったかのように月曜の朝を迎え、仕事と遊びにかまけてそうした憂鬱を紛らす道を選んだが、レディオヘッドというバンドは、それを突き詰め、その正体を見極め、ものの見事に表現してみせた。一流と凡人の違いと言ってしまえばそれまでだが、あそこで立ち止まり、ぽっかりと口をあけたあの深淵をのぞき込む勇気は、残念ながら私にはなかった。

それでも、いかな凡人でも、さすがに40も半ばを過ぎると、絶望と背中合わせで生きることが当たり前になってくる。改めてこのアルバムを聴いても、途中でKOされることはないし、最後まで心穏やかに聴ける。レディオヘッドが2年で駆け上がった坂道を、こちらは20年かけてとぼとぼ登ってきたということか。無論いまだ道半ばではあるが。

 


Radiohead - Paranoid Android (live)

いやこれカッコ良すぎでしょ(笑)

ボーカルのトムもギターを弾くので、このバンドにはギタリストが3人いる。そしてこのアルバムは、ギターロックのある種の到達点だと言えるだろう。それぐらいギターの音が多彩で表情に富み洗練されている。

しかし彼らは、次作であっさりと、これまで積み上げてきた音楽世界をかなぐり捨ててしまう。一刻たりとも同じ場所にはいられないというように、また新たな頂をめざして歩き出してしまうのだ。OKコンピュータの続きを期待していた私は裏切られ、最初は戸惑ったが‥‥、いや、それはまた次の機会に。

ともかく、ギターを全面に押し出したサウンド でひとつのピークに達した彼らは、それ故に、かえってその限界を知り、〝ここにはもう何もない〟という心境に立ち至ったのだろう。

「とんでもなく高いところから俺の上に雨が降ってくる」

彼らにおいてもまだなお道は、その先に果てしなく続いていくということなのだろうか。