読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

RadioHeadレディオヘッド アルバム考その5 アムニージアックAmnesiac

買って2〜3回聴いて、その後長くお蔵入りになっていたアルバムである。

f:id:hiko7jiro1:20170426190430j:plain

今回蔵から出してきて聴いているが、なかなかどうして悪くない。

前作キッドAから8ヶ月後のリリース。「もうかい?」と当時も驚いた記憶がある。

「2作続けてすごいの作っちゃったな〜」という手ごたえは、当然メンバーにもあったはずで、放熱と言うか、張り詰めたものを解放するのに、また、周囲からの期待を一度かわしておくためにも、これを早めに出しておく必要があったのかもしれない。

レディオヘッドのテンションに慣れた人はきっと拍子抜けする。リラックスしていて、これまでのように作り込んでもいない。それだけに気楽に聴けるし、流して聴く分には、彼らの作品中でも随一かもしれない。

当然、世間の評価は高くない。悪く言えば核がなく、まとまりに欠ける。より実験的で、かなり遊んじゃってる。

それにしても、こういう力の抜き方というのは、さすがイギリス人というか、世界屈指のアーティストになっても、全然気負いがない。

これがアメリカだと、商業ベースの音楽はとことん商業ベースだし、売れる為なら何でもやるという連中がうようよいる一方で、そうした世界に頑として背を向けて、マイナーレーベルと契約し、全米各地の小ホールを転々としながらライブ活動を続け、かっこいいがしんどそうな道を選ぶ連中も沢山いる。

両者は水と油で、アンダーグラウンドの(メジャーではないが質の高い)音楽シーンを愛する耳の肥えたファンは、商業ベースのアーティストを小ばかにしているし、金やら名声やら、その他の欲望も込みで音楽をやっている連中は、小汚いクラブやライブハウスに集う人間を歯牙にもかけない。

それも、アメリカという巨大な音楽シーンがあればこそ成立することで、メジャーがすべてダサいわけではないし、マイナーだから食えないということも全然ない。

レディオヘッドはイギリスと言うか、オックスフォードのバンドである。EMI傘下のメジャーレーベルと契約し、全世界で作品を売り、ワールドツアーを敢行するが、良い意味で垢抜けないところもある。OKコンピュータの次にキッドAを出して、「商業的自殺」とまで批評され、事実売上げは半減したが(それでも400万枚)、アーティストとしてはさらに飛躍した 。

売上げが減ることなどお構い無しで、さらに売れなさそうなこのアムニージアック( 健忘症という意味らしい)なるアルバムを出したりする。

メジャーなのに求道的、そうした身の振り方も、幅広い層の音楽ファンから愛される理由の1つだろう。

 まったく気負わず、肩の力を抜き、実験しながら遊んでいるのに、曲のクオリティは相変わらず高く、レディオヘッドらしい着想のきらめきが随所に散りばめられている。

また蔵に戻すことになるかもしれないが、何かの拍子にまた引っ張り出して聴くかもしれない。私にとってはそういう作品である。


Life In A Glasshouse - Live on Jools - 2001 (Radiohead - Amnesiac)

 

RadioHeadレディオヘッド アルバム考 その4 キッドA Kid A

今回はキッドA。リリースは2000年。前作から3年。

 

f:id:hiko7jiro1:20170311145027j:plain

最初にこのアルバムを聴いた時のズッコケ感はハンパなかった。

「ギターどこ行った?メンバー替わったのか?」

OKコンピュータの続編を期待していたのだから当然そうなる。

もちろん全部とは言わないが、イギリスのミュージシャンには伝統的に、聴き手の期待を裏切ることに喜びを見出す連中が少なくない。ビートルズツェッペリンもそうだったし、ヘビーメタルの帝王アイアンメイデンでさえ、途中で音を変えてファンからずいぶん叩かれた(ヘビメタは超保守的な世界だからね)。アルバムごとにジャンルからがらりと変えてしまうデビッドボウイのようなカメレオンアーティストもいる。

なにしろマンネリが嫌なんだろう。そもそも親の期待に応えていたら、彼らがミュージシャンとして身を立てることもなかったわけだ。

歳をとれば人は変わる。表現の仕方も、表現の中身も変わってくる。自己を分析し、人間や人生をテーマに曲を作るなら、刻々とそれが変化するのはむしろ当然で、同じものを期待するのはファンの側の停滞、それを供給するミュージシャンの曲はプロダクトでしかない。

エレクトロニックサウンドへの傾倒は、ベンズの頃から徐々に兆しを見せていた。はじめトムヨークがトランスやレイヴにハマったらしい。

私自身、当時はもっぱらテクノを聴くようになっていて、期待を裏切られたからというより、テクノではないという理由で、このアルバム以降しばらくレディオヘッドをおろそかにするようになった。

余談その1。バンドが日の目を見る前、トムはクラブDJをやっていたこともあるらしい。

余談その2。その後レイヴはカラフル馬鹿の集まりみたいになってしまったが、日本においても、初期の頃は本当に面白かった。遊び疲れた後に迎える夜明けは格別だった。

六本木にスピークイージーというクラブがあって、  フロアが二つに別れていて、ダンスフロアで恍惚となっては、最地下のチルアウトスペースで自分を取り戻す、という作業を夜っぴて繰り返していたのをふと思い出してニヤニヤしてしまう。 

それから数年経って、テクノの熱が一段落し、  テクノの要素のない音楽にあまり魅力を感じなくなっていたが、そういうタイミングで、改めてこのキッドAをひっぱり出して聴いてみて、とんでもない名作だったことに随分遅ればせに気づいたのである。

全編素晴らしいが、特に後半は神々しささえ覚える。

3曲目の『The National Anthem』が私にとっては鬼門で、人気があり良い曲なのだが、このアルバムの中ではなかなか厄介な存在で、禅的な集中をかなり削がれる。

で、4曲目と5曲目が完全なチルアウト、そこから6曲目、『Optimistic』のイントロ~狂騒の夜をこえて迎える朝を思わせる~が始まる。

プリミティブなドラミングが前を向け、歩け、と背中を押す。

格段に包容力を増したトムの歌唱。

精一杯やったんなら

全部出し切ったんなら

それで十分だ

一歩一歩階段を登るように音色を上げていくギターのアルペジオが印象的だ。

メンバーが発するすべての音が一体となって壮大な世界観を描き出す。


Radiohead - Optimistic - Live From The Basement [HD]

 

続く「in limbo」は死後の世界を思わせる幽遠なナンバー。

まとわりつくようなサウンド。遅れてくるギター。

ほんの数年前「俺は気持ち悪い~」なんて歌っていたトムが、ショットガンみたいな爆音を掻き鳴らしてバンドが、生死の狭間をたゆたうような幻想的な曲を奏でていることに驚かされる。 


Radiohead - In Limbo - Sub Español

 

続く8曲目『idioteque』は、このアルバムだけでなく、おそらくレディオヘッドのすべての楽曲の中でもハイライトと言える存在だろう。

人が奏でる音。機械が発する音。そしてトムの歌声。

無駄を削ぎ、最低限の音で、無限の世界を描出している。

能ある鷹は爪を隠すというか、ずいぶん捨てたもんだな~と感心するのである。

 

radiohead idioteque

 

ただのバンドじゃない。ビートルズがそうだったように、才能に恵まれていたのはもちろんだが、物質世界に飽き足らず、精神世界の扉を開き、それを表現するという苦難の道を歩き出したことで、レディオヘッドというバンドは、才能を昇華させ、唯一無二の存在になり得たのだと思う。 

このアルバムは今後も当分聴き続けるだろう。もったいないのでまとめて聴いたりはしない。年に2度か3度、ここぞの場面で。

RadioHeadレディオヘッド アルバム考 その3 OKコンピューターOKComputar

f:id:hiko7jiro1:20170311145415j:plain

このアルバムはいろんな意味でモンスターである。 

まず売れ方。全世界で 850万枚。いまだに売れ続けている。

リリースは97年5月。その前からまわりで話題になっていて、すぐに買って聴いたのを覚えている。

このアルバムがモンスターである理由その2。アルバムを通して、曲が掻き立てる感情の量が尋常じゃない。心に波風が立ちまくる。そのほとんどは絶望的に暗く、儚く、美しい。

当時は、どうしても途中でしんどくなって、全曲通して聴くことができなかった。今にして思うに、私もまだ若く、ポーズは別として、絶望とは縁のない軽やかな輩だったから、心にあふれる得体の知れない感情に、どう対処していいかわからなかったのだろう。

私の事ばかり書いて恐縮だが(ブログだからそれでいいのか)、当時は、週末は狩猟採集、平日は農耕牧畜と解りやすく(にくい?)スケジューリングしていたので、毎日が非常に忙しく、さらに基本アッパーだったので、レディオヘッドが抱える深刻な問題に、親身に耳を傾けてやることができなかった。楽には聴けなかったのである。

ただ、日曜の夜だけは、ぽっかりと予定が空くことが多く、そうなるよう仕向けていたのかもしれないが、誰とも会わず、電話もミュートして、本を読んだり、ライターもしていたので原稿を書いたり、部屋にこもって地味に過ごすのがパターンになっていた。

その流れでこのアルバムも聴いていた。翌日からの仕事の憂鬱も手伝って、どよーんと落ちるのだが、それが決して不快ではない。一切皆苦、人生は苦なりと、身もふたもないことをお釈迦さんも仰っているが、イケイケの生活がいつまでも続くはずがないと自分でも分かっていたし、あるいはそっち(日曜の夜の憂鬱)の方が、本来の自分にふさわしかったということかもしれない。

それでも私の場合、何事もなかったかのように月曜の朝を迎え、仕事と遊びにかまけてそうした憂鬱を紛らす道を選んだが、レディオヘッドというバンドは、それを突き詰め、その正体を見極め、ものの見事に表現してみせた。一流と凡人の違いと言ってしまえばそれまでだが、あそこで立ち止まり、ぽっかりと口をあけたあの深淵をのぞき込む勇気は、残念ながら私にはなかった。

それでも、いかな凡人でも、さすがに40も半ばを過ぎると、絶望と背中合わせで生きることが当たり前になってくる。改めてこのアルバムを聴いても、途中でKOされることはないし、最後まで心穏やかに聴ける。レディオヘッドが2年で駆け上がった坂道を、こちらは20年かけてとぼとぼ登ってきたということか。無論いまだ道半ばではあるが。

 


Radiohead - Paranoid Android (live)

いやこれカッコ良すぎでしょ(笑)

ボーカルのトムもギターを弾くので、このバンドにはギタリストが3人いる。そしてこのアルバムは、ギターロックのある種の到達点だと言えるだろう。それぐらいギターの音が多彩で表情に富み洗練されている。

しかし彼らは、次作であっさりと、これまで積み上げてきた音楽世界をかなぐり捨ててしまう。一刻たりとも同じ場所にはいられないというように、また新たな頂をめざして歩き出してしまうのだ。OKコンピュータの続きを期待していた私は裏切られ、最初は戸惑ったが‥‥、いや、それはまた次の機会に。

ともかく、ギターを全面に押し出したサウンド でひとつのピークに達した彼らは、それ故に、かえってその限界を知り、〝ここにはもう何もない〟という心境に立ち至ったのだろう。

「とんでもなく高いところから俺の上に雨が降ってくる」

彼らにおいてもまだなお道は、その先に果てしなく続いていくということなのだろうか。

 

RadioHeadレディオヘッド アルバム考 その2 ザ・ベンズThe Bends

レディオヘッドの2作目『The Bends』

f:id:hiko7jiro1:20170316113553j:plain

タイトルは“減圧症”を意味する。水中を急浮上した時などにダイバーがかかる病気である。

私が住む日南市で知らない人はいない山見小児科。そこの副院長である山見信夫先生が、この減圧症治療の第一人者である。

もうすぐ2歳になるうちの息子が、ダイバーではなくただの風邪っぴきだが、いつも大変お世話になってますm(_ _)m

 ジャケットは救命訓練に使う人形。その恍惚とした表情を気に入ったトムヨークが、どこかから借りてきて撮影に及んだという。

リリースは95年。

前作からわずか2年でこれほど進化するのかと驚きを禁じ得ない。

前作のグランジ色も残しつつ(すでにこれも自分たちのものにした感があるが)、それでは飽き足らず、早くもレディオヘッドの世界観というか、鬱屈した感情を簡単に吐き出すのではなく、さらに深く執拗に掘り下げるスタイルを確立している 。

これには今作の途中からプロデューサーについたジョン・レッキーの影響が少なくないのではと想像する。あまたのイギリスのバンド、特にストーンローゼズの傑作『The StoneRoses』を世に送り出したことで知られる名プロデューサーである。

前作発表後のプロモーションにワールドツアー、多忙を極めるスケジュールに疲弊し、メンバー同士の関係もギクシャクしたというが、空中分解を回避するためには、さらに強い結束と、目的地を共有する必要があったはずだ。前作の出来や評価に不満もあったろう。借り物ではないオリジナルのサウンドを生み出すしか道がない正念場に追い込まれたことで、かえってバンドの能力が爆発的に開花したということなのだろう。

世界観をさらに高度に表現するため、サンプリングやエレクトロニックサウンドを導入し、単純な足し算引き算のロックから脱している。一枚のアルバムの中でバンドの劇的な変化や成長を感じ取れる、そういう意味でも貴重な作品で、ビートルズの『リボルバー』に比されるのもうなずけるのである。

その後も彼らは、ロケットのように噴射とデタッチを繰り返し、身軽になりながら、孤高の世界を旅して行くことになる。

97年発表のOKコンピュータ……、いや、それはまた次回ということで。

 


Radiohead Fake Plastic Trees Live @ Glastonbury 2003

 

RadioHead レディオヘッド アルバム考 その1 パブロハニーPabloHoney

若いころ聴きまくったバンドの音楽を、おっさんになってからも聴けるというのは有難いことである。

普通は心が離れる。趣味趣向が変わるし、良くも悪くも耳が肥えてくる。

ロックは若者の音楽!大人になんかなりたくない!

そんなこと言ったって、男は必ずおっさんになるし、おっさんになってもロックは聴きたいのだ。

いや、正直に言うと、耳にする音楽の中で、ロックが占めるパーセンテージは年々減ってきた。アンビエントとか、バッハやブラームス、マイルスデイビスあたりに取って代わられる。それか、曲名を読むこともできない民族音楽に。そもそも聴く音楽の総量が減ってくる。静寂がいとおしくなってくるのだ。   

ロックは飽きる。たいがい飽きる。食卓のから揚げを見てもテンションが上がらなくなるのと同じように、焼酎のお湯割りをちびちびやっている時に、そっと出される煮つけに笑みがこぼれる、そういう心境にだんだんなってくる。

レディオヘッドは、それでも聴き飽きない稀有な存在である。

若いころ確かにから揚げだったのに、今食べると煮つけの味がする。ギターがうなり、ボーカルは叫んでいるのに、背後の静寂に無性に心を惹かれる。

その多様性、引き出しの多さこそ、彼らの真骨頂と言えるだろう。だから、若者には若者の、おっさんにはおっさんの愉しみ方がある、聴くたびに新たな発見がある。 

さまざまな音楽要素をごった煮にしているが、レディオヘッド節(ぶし)と言うか、トムヨーク節と言うか、それでしっかりダシを取っているから、アルバム全体を通して統一感がある。

レディオヘッドは昨年、2016年のサマーソニックに参加したが、私は行けなかった。今年4月にバークレーでライブをやるらしいが、行けるはずもない。

仕方ないので、これまでに発表された9枚のスタジオ音源をじっくり聴き直して、彼らの音楽がどうしてこうも長きにわたって人を惹きつけ色褪せないのか、その辺の秘密をひも解いてみようかと思う。

 

というわけで、まずはこれ、 

f:id:hiko7jiro1:20170311223128j:plain

いとしのパブロ君。パブロ君は蜜の味?

ダサいタイトル。ダサいジャケット。

1993年発表のデビューアルバム。

はっきり言って世間の評価は低い。私の評価も高くない。なぜならこのアルバムは「レディオヘッドでなくても良い」からだ。

当時アメリカで流行していたグランジオルタナティブ系の影響が色濃い。実際本国イギリスよりアメリカで先に人気に火がついた。と言ってもシングル曲の『CREEP』ばかりが注目された。

リアルタイムでこれを聴いた記憶はない。聴いたとしても記憶に残らなかったのだろう。

グランジブームは91年にピークを迎えた。ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』。パールジャムの『テン』。サウンドガーデンの『バッドモーターフィンガー』。グランジの金字塔とも言えるアルバムがこの年立て続けに世に出された。二十歳の大学生で西麻布や六本木のクラブに足繁く通っていた私は、この風をまともにくらった。

まず音に痺れた。映像に驚愕した。

彼らはピタピタの皮パンを穿いていなかった。鍛え上げたムキムキの体もしていなかった。よれよれのカーディガンを着たひょろひょろの男が、無表情のままギターをアンプに突き刺しまくっている、それがたまらなくかっこよかった。さっそく髪を伸ばし、ジーンズに穴をあけた。

パブロハニーはそんなわけで、遅れてきたイギリスのグランジ、ぐらいの印象しか当時の私にもたらさなかったのだろう。

 ただ、今回改めて聴いてみると、原石っぽさは確かにある。節とまではいかないが、『レディオヘッドの音』のかけらがそこここに散らばっている。いまだ形を成さない、それが歯がゆくもあるし、開花する前のつぼみのいじらしさもある。なにより、後年の作品に比べて非常に単純で、わかりやすくとっつきやすい。

 売れなかったシングルの中で、唯一CREEPだけが気を吐いた。


Radiohead - Creep

俺は気持ち悪い‥

俺の居場所はここじゃない‥

暗い‥‥。

ネガティブかつ陰鬱かつ破滅的。

それもグランジの傾向ではある。『否定』と叫び続けたニルヴァーナのカートコバーンは、94年に自殺した。涅槃どころじゃなかった。

しかし、レディオヘッドにおいては、どんなに暗かろうと(鬱メロの極致と言える3作目のOKコンピュータでさえ)、奇妙な明るさが音間に漂っている。猟銃で頭を吹き飛ばすのとは逆の発想、美の追求、生の肯定が感じられてならない。それが、凡百のグランジバンドと彼らを分かった成長力の源だったのではなかろうか。

パブロハニーを聴いた他のミュージシャンたちが「レディオヘッドは良い」としきりに発言していたというが、さすが本職の連中は、原石が磨かれて輝きだすことを、この未成熟のアルバムからはっきりと感じ取っていたのだろう。

 

レディオヘッドは2年後に発表した2作目で早くも開花する。

が、それはまた次回。乞うご期待。

御一読ありがとうございました。